三條東殿遺址 さんじょうひがしどのいし 三条烏丸交差点東北 新風館脇 ■ナビ■ ・地下鉄烏丸線「烏丸御池駅」 →5番出口すぐ ■三條東殿遺址に便利なホテル■ 烏丸の良いホテル ■参考図書 院政■ 院政
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178)新風館 モダンな情報発信基地
新風館のある三条烏丸交差点東北に位置する四十丈の地は、三條東殿の遺址である。 (以下看板より) 十一世紀の初め伊豫守藤原済家の邸宅があり、やがて子孫の宮内卿藤原家通に傳えられた。 崇徳天皇の天冶二年、白河法皇はこの地を得て、見事な殿舎を造営し、院の御所した。 法皇の崩御後鳥羽上皇も三條東殿を院の御所とし、 后の待賢門院と長承元年迄共に住んだ。 その後この地は皇子・後白河天皇の院の御所となったが、平治元年12月9日の夜、 源義朝は軍勢500余をもって三條東殿を襲撃、法皇をここから連れ去り幽閉。 平治の乱が勃発した。 その時、武士と火焔にせめたてられた多数の官女が三條東殿の井戸に入って 非業の死をとげたという。