千本釈迦堂(大報恩寺) おかめの涙か 見事な阿亀桜 |
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洛中 |
千本釈迦堂 |
![]() おかめの像がほほえむ千本釈迦堂こと大報恩寺は、 1221年(貞久3)義空上人によって開かれた。 本尊が釈迦如来であることから千本釈迦堂と呼ばれる。 ![]() 本堂は京都市街地で最古の木造建築。 千本釈迦堂吉田兼好の徒然草にも描かれていうほど古い歴史を持つ。 応仁の乱の激しいところであったが、奇跡的に残った貴重なもの。 ![]() この寺にはおかめ塚で微笑むおかめさんとは対照的な悲劇が伝わる。
その昔、 棟梁の長井飛騨守高次が本堂造営の際、柱の寸法を誤って切ってしまった。 妻のおかめが「短い柱に合せてすべての全柱を切ればよい」と提案し、 高次は無事本堂を完成させた。 しかし、妻が助言したことが世間に知れては夫の恥と、上棟式の前日、 おかめは自殺してしまうのだ。 高次は妻の思いやりに感謝、上棟式に御幣におかめの面を飾ったという。 人々はおかめを憐れんで供養塔を本堂の前に立てたとのこと。 今でも家の棟上げにおかめの面を飾る習慣はこのことより。大工の信仰も厚い。 潔く死なずともよいのにと思うのはおかめさんに失礼か。 彼女の霊を慰めるように、毎年3月下旬には阿亀桜が見事なピンク色の花を咲かせる。
千本釈迦堂も観光客の方が少ない隠れた桜の名所。 おかめさんの悲劇に思いを馳せながら桜を眺めれば、彼女の涙のようにも見えてくる。 |