京都市内某所。散歩をしているとどこからともなく良いしょうゆの匂いがする。
周りの風景に溶け込んでしまう小さな庵。看板には洗心庵と。芳ばしい匂いに、もはや素通りなどできなかった。

中はまるで俗世を離れたような風景だった。小柴垣の上を寺院のこんもりとした借景の緑が包み込む。
青い座布団がちょこんと乗った席に腰掛けて、しばし待っていたが誰も出てこない。
先客はリュックを置いた中年のご夫婦。楽しそうに思い出話をしている。
壁の向こうからは、餅を焼く音とたまらなくいい匂いが漂ってくる。
ちょっとのれんの先をのぞいて、
「ぜんざいと、みたらしだんご、お願いしますう」と言うと「はあい」と声が返ってきた。
百舌の鳴き声といい匂いに包まれて待つこと数十分。大丈夫かな?と思う頃(笑)、
美しくて、かわいらしいおばあちゃんが木の盆を抱えて来た。

立ち上る湯気としょうゆの匂い。
この匂いにいてもたってもいられず、みたらしだんごを頬張った。
ああ、これは昔祖母がつくってくれた団子そのものだ。
ぼってとしていて、ボリュームがあって、所々に焦げがあって、
しょっぱさと甘さがほどよくて素朴だ。
ぜんざいだが、塩がよく効いているのをまず感じた。まさに文字通り良い塩梅。
甘みと塩のバランスが抜群だ。小豆から飛び出すようにオコゲの付いた
まんまるの餅がなんと2個も。小豆の食感もとろけるようで。
夢中で食べていると、暖簾を片付けたおばあちゃんが縁側に座って少し相手をしてくれた。
16時、もう店じまいの時間だ。
御歳84になるということ(本当に美しくてそう見えない!)、
もうやめようかなとも思うけれど、皆からこの味がなくなると寂しいから続けてと言われているということ、
お客さんが話し相手になってくれるから元気でいられるということ・・・・。
「夏や秋は大変でしょう?」と聞くと、「せやけど、ぼちぼちお客さんが来てくれて丁度良い。
あまり行列されるのもしんどいしな」と言って笑う。
だから、場所は明記しない。
おばあちゃんがいつまでも、おばあちゃんのペースで、元気にこの店にいてくれることを願って。
自分ばかりがこの美味を味わいに通うのは気が引けるけれど、許して欲しい。
ヒントは餅を焼く良い香りと名前。どの宗派の寺院のそばにあるか検討がつく方もいらっしゃるかもしれない。
それを頼りに、もし洗心庵に出会ったら、おばあちゃんの団子とぜんざい。心行くまで味わって欲しい。
2008.2 洗心庵は営業を終了しました。
雪の日。哲学の道をつらつらと散歩した。
「オフシーズンだけれど、洗心庵は営業しているかな?もし開いていたら、おばあちゃんのぜんざいを頂こう」、
そう思って法然院前の洗心庵へ。
何か張り紙が見える。冬季休業か、それも当然だなと思いながら側によると。
なんと言うことだ。
「この度洗心庵は閉店することになりました。永い間のご愛顧誠にありがとうございました」
美しい字で書かれたそのお知らせは、閉店の告知であった。
もう、おばあちゃんのぜんざいが頂けないとは。突然のことにびっくりした。
おばあちゃんは息災だろうか。それであれば構わない。
それとも、体の具合でも悪いのだろうか・・そんなことが頭の中を回る。
兎にも角にも、いつも明るい笑顔で接してくれたおばあちゃん、
洗心庵の味はいつまでもいつまでも皆の心の中に残ることだろう。
ありがとう、おばあちゃん。
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